DAY 01
北海道
零下二十度の夜明け
雪環ノルシア
物語の冒頭を読む
第一章 風にさらわれる歌
天路光莉が歌を覚えたのは、十勝の風の中だった。 家の裏手には畑があり、その向こうに牧草地があり、さらに向こうには、晴れた日でも歩いていけるとは思えないほど遠い地平線があった。春は解けた土の匂いが一斉に立ち上がり、夏は緑が空の下半分を埋めた。冬になると、昨日まであった道も畑も境目を失い、世界から色だけが抜け落ちた。 幼い光莉は、その真ん中で歌った。 誰にも聞かれていないと思えば、声はいくらでも大きくできた。風が音をさらっていくたび、負けまいとして息を吸った。父は農機具を止め、遠くから帽子を振った。母は作業場の戸口で、「牛がびっくりするから、少しだけ小さくね」と笑った。 歌手になりたいと思ったことはなかった。 歌は将来のためにするものではなかった。長い作業の終わりを知らせたり、吹雪で学校が休みになった日の退屈を追い払ったり、家族が疲れて黙る食卓に、言葉ではないものを置くためにあった。 中学二年の冬、町の文化会館で初めて人前に立った。……
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